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ニホンシログ

日本史をざっくりと面白く。たまに1980年代ネタも。

【日本LOVE】天皇家との結婚を懇願したハワイ国王

近代 近代-明治

カイウラニ

日本人にとって最も身近な海外旅行先であるハワイ。
その昔、ハワイは日本に熱烈なLOVEコールをしていました。
なぜ、当時新興国だった日本は頼りにされたのでしょうか?

 

米田屋次郎吉のハワイ滞在

文永7年(1270年)に「色が黒くない男女5人(日本人)がマウイ島に漂着した」という伝承がある事から、日本人は古くからハワイと交流があったのですが、天保9年(1838年)にハワイに漂着した米田屋次郎吉という人は、1年程ハワイで生活して色々貴重な体験をしています。

・中学校の授業に飛び入り参加

米田屋次郎吉
エレキテルの実験にビックリ!

・遊郭で売春婦を見て気持ち悪くなる

米田屋次郎吉
オエー!ハワイの遊女は見た目がアカン・・・。

・騙されてサトウキビのプランテーションで強制労働

米田屋次郎吉
あの華僑の野郎・・・!

 

併合の危機を迎えたハワイ

さて、そんなハワイですが、明治中頃までは独立した一つの国(ハワイ王国)でした。
そんな王国を建国したのは有名なカメハメハ大王。
子供の頃に「南の島の大王は その名も偉大なカメハメハ」と小学校で歌った人も多いでしょう。
でも、ここで歌われているのは【カ】メハメハではなく【ハ】メハメハです。
歌詞の中にハワイという単語は一つも出てきません。
出ても南の島どまり、あくまで童謡ですからね。

話がそれましたが、ハワイ諸島は太平洋の真ん中にある事から、列強の格好の寄港地となっており白人が多く住んでいました。
「いずれ(アメリカに)併合されるのでは?」と危機感を抱いたハワイは、近代化政策を進め始めた新興国の日本と同盟を結ぼうと考え、明治14年(1881年)3月にハワイ国王カラカウアが来日、明治天皇と会談します。

カラカウア王
貴国との結びつきを一層強くしたい。姪のカイウラニの婿として山階宮定麿(やましなのみやさだまろ)親王を迎えたいのです。

当時、山階宮定麿親王は13歳、カイウラニは5歳でした。
※この記事の冒頭の画像は成人になったカイウラニです。
 (わずか23歳でこの世を去りました。)
明治維新からわずか14年、国力増強のためにがむしゃらな日本に余裕はなく、また、アメリカに配慮してこの縁談を丁重に断ります。
ただ、同時にこんな提案もします。

カラカウア王
我が国の議会は入植者のアメリカ人が多勢をしめており、また、彼らが持ち込んだ病気などで人口が激減、このままではアメリカに併合されてしまいます。日本人の勤勉さを高く評価していますし、我が国のプランテーションの労働力として多数の日本人移民を派遣してくれませんか?

これについては日本側は快諾、その後、続々と移民がハワイへ向かいます。
結果的に、日本人移民はハワイの全人口の4割を占めるまでになりました。

日本人のポテンシャルに驚く

なぜ、カラカウア王はこんなにも日本人をかっていたのでしょうか?
明治14年に来日した際、鉄道はじめ、インフラが主に日本人で運用されている事に驚きました。
当時、アジア諸国でも鉄道が走っていましたが、ほとんどは欧米人が独占していました。
他にも銀行、船、税関・・・重要施設はその国に住んでいる国民が運用する事はできず、欧米人が独占していた中で、明治維新からたった14年で、同じ人種(モンゴロイド)が欧米諸国に負けじと頑張っている姿に感動したといいます。

 

アメリカの日本に対する危惧

どんどんハワイ王国にやってくる日本人移民に、アメリカは危惧を抱きます。

アメリカ
日本人移民はいずれ日本政府にハワイを併合するよう働きかけるんじゃないか?

明治26年(1893年)、ハワイへの入植者の大半をしめていたアメリカ人はクーデターを起こし、翌年王国は廃止されハワイ共和国となりました。
この時、日本政府はハワイ在住の日本人保護の名目で、軍艦『浪速』を派遣して威圧しました。

浪速

しかし、この行動がかえってアメリカ人を刺激、アメリカの世論はハワイ併合論が多勢をしめるようになり、明治30年(1894年)、ハワイはアメリカに併合されてしまいました。

 

日系人の苦労

昭和16年(1941年)12月8日未明、日本軍は真珠湾を攻撃、太平洋戦争が勃発します。

アメリカ本土ではほぼ全ての日系人が強制収容所に送り込まれましたが、ハワイ在住の日系人は数が多く、全員を強制収容所に送り込むと社会が大混乱する、という事で、各界の指導者レベルの日系人だけが身柄を拘束されました。

ただ、身柄は拘束されずとも、普段生活している中で日系人という事で差別される状況。
アメリカで生まれ育った日系二世は、アメリカ国民として育ってきているので、この状況に我慢なりません。
「自分達はアメリカ国民だ!」と世間にアピールするため、自ら兵士に志願。
特に日系人だけで構成された第442連隊はヨーロッパ戦線で大活躍し、最も多くの勲章をもらった連隊になりました。

 

まとめ

先人がもの凄い努力をして社会的信用を取り戻した結果、ハワイでは多くの日系人が社会的に高い地位についています。
ハワイへ旅行する事があれば、先人たちの努力に思いをはせながら観光してみてはいかがでしょうか。