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ニホンシログ

日本史をざっくりと面白く。たまに1980年代ネタも。

【あの有名アニメヒロインのモデルも】幕末から明治を生きた『美人すぎる女性』5選

陸奥亮子

江戸時代の女性は結婚するとお歯黒、子供を産むと眉を剃り落とす・・・現在とはずいぶんと美的感覚が違いました。
想像するとちょっと怖い顔ですね。
当時の外国人も気持ち悪いと思ったようで、明治3年、お歯黒、眉剃りが禁止され、以降に撮影された写真は、現代人と変わらない美人が写し出されています。

楢崎龍(ならさきりょう)

楢崎龍

みなさんご存知坂本龍馬の奥様です。
お龍(おりょう)の名で有名ですね。

【過大評価】小説やドラマの評価を鵜呑みにするファンによってヒーローに祭り上げられた『坂本龍馬』像を正そう

薩摩藩の中村半次郎に寝床を襲われた、『新撰組』局長の近藤勇が恋い慕い、贈り物をした、というモテエピソードがあります。
龍馬の死後、坂本家を頼るも折り合いが悪く数ヶ月で立ち去り、その後は各地を転々、貧乏長屋で暮らし、アルコール依存症になったようです。

明治39年(1906年)1月15日没。享年66。

ちなみにこの写真は、昔から本当にお龍の写真?」と議論になっていましたが、一応警察庁科学警察研究所の鑑定結果は本人です。
この記事で後に紹介する「江良加代(えらかよ)なんじゃないの?という意見や、「別資料で芸者として写っているのでお龍ではなく別人やろ?」という意見もあり、現在ではお龍の写真ではない可能性が高くなっているようです。

 

木戸松子(きどまつこ)

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『維新三傑』と言われた桂小五郎(木戸孝允)の奥さんです。
京都三本木の芸妓、幾松(いくまつ)として有名でした。
桂は、どうしても幾松を手に入れたかったのですが、同じく幾松を気に入っていた京都山科の豪家が一歩も引かないので苦戦していたので、弟分の伊藤博文に相談します。

桂小五郎
幾松にだいぶ金使ったけど、もう一息だな。一気にたたみかけたいんだ。
伊藤博文
わかりました。
伊藤博文
(刀で脅しながら)幾松さんはうちの兄貴が狙ってるんや。手を出すのヤメんかい!
豪家
ひぃぃぃぃっ!

めでたく付き合うことになり、明治初めに正式に夫婦になりました。
明治19年(1886年)4月10日病没。享年44。

 

江良加代(えらかよ)

江良加代

京都の芸妓で、公家の西園寺公望に見初められるも、西園寺家の事情で破局します。
その後、桂小五郎(木戸孝允)と付き合い、結婚寸前までいきますが、明治10年に桂が死去したことで関係は消滅します。
ん?交際期間が木戸松子とかぶっているぞ?

その後、伊藤博文がたいそう入れ込みます。

伊藤博文
金はいくらでも出すで!(当時は珍しい)洋犬も買ってあげるで!

世間の人はこう言いました。

豪家
女好きの伊藤公があれだけ入れ込むのはお加代さんぐらいだろうなぁ。

が、お加代は伊藤に振り向く事なく、最終的に豪商の妾となり余生を過ごしました。
没年不詳。

 

陸奥亮子(むつりょうこ)

陸奥亮子

坂本龍馬と同じ海援隊士、陸奥宗光の奥様です。
東京新橋で一、二を争う美貌の芸妓と言われ、後に『鹿鳴館の華』『ワシントン社交界の華』などと言われたほど。
この写真からもわかるように、現代の感覚でも美人だった事がわかるかと思います。
夫の死後、夫と他の女性(祇園芸者)との間に産まれた子を引き取って育てました。

明治33年(1900年)8月15日没。享年43。

 

楠本高子(くすもとたかこ)

楠本高子

祖父は幕末の鎖国時代に長崎の出島で医師として活躍したシーボルト、母親は日本人女性初の産科医である楠本イネです。
漫画家の松本零士は、明治時代の美人写真集に載っていた楠本高子の写真をモデルにして、『銀河鉄道999』のメーテル、『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャを描きました。
(金髪だしイメージ違うように思いますけど、モデルにしたようです。)

昭和13年(1938年)7月18日没。享年86。