ニホンシログ

日本史をざっくりと面白く。たまに1980年代ネタも。

【悲劇の帝】激動の時代を生きた孝明天皇の死因は病気か暗殺か

徳川幕府約260年の歴史の中で、天皇は長く政治の舞台から遠ざけられてきました。孝明(こうめい)天皇も平和な時代に即位していれば、他の天皇と同じように平穏無事に暮らせていたでしょう。しかし、幕末という激動期に16歳で即位し、いくつもの日本国を揺る…

【これが史実】西郷隆盛が歩んだ歴史をわかりやすく解説するよ《明治編》

倒幕を成し遂げた西郷隆盛は、隠居しようと鹿児島(薩摩藩)へ帰国します。しかし、藩の状況が平穏とはいえない中、西郷は人々から請われるがままに藩政に復帰し、藩の改革に着手していました。 【これが史実】西郷隆盛が歩んだ歴史をわかりやすく解説するよ…

【これが史実】西郷隆盛が歩んだ歴史をわかりやすく解説するよ《幕末編》

2018年に放映されたNHK大河ドラマ『西郷どん(せごどん)』では、西郷隆盛が幼少の頃に薩摩藩主の藩主島津斉彬(なりあきら)と出会う、後に妻となる糸子と幼馴染み、京都の清水寺の僧・月照とボーイズラブの関係、など、史実とは異なるエピソードが多々あり…

【三店方式】法律上ギャンブルとして認められていないのに換金可能なパチンコの歴史

日本では、競馬、競輪、競艇、宝くじ、totoといった公営ギャンブルが認められていますが、パチンコは法律上ギャンブルとしては認められていません。しかし、『三店方式』というカラクリを使ってパチンコでお金を得る事が可能になっています。なぜ、このよう…

【実はラブラブ】政略結婚で徳川家茂と結婚させられた皇女『和宮』

幕末、はた目には徳川家茂との政略結婚の犠牲となって悲惨な生涯をおくった、と言われる皇女和宮(かずのみや)。しかし、様々な思惑から夫婦となった二人ですが、蓋を開けてみればとても仲の良い夫婦でした。

【珍走団】風防、旗棒、絞りハンドル・・・暴走族の起源はある職業ライダーだった

『暴走族』のバイクといえば、絞ったハンドル、風防、ロケットカウル、前輪のポール、旭日旗、三段シート・・・なぜこのようなデザインのバイクを好むのか、そのルーツはちょっと意外なものでした。

【局中法度】『新選組』から脱走した隊士の運命やいかに

『新選組』には『局中法度(きょくちゅうはっと)』という鉄の掟があり、その中には「局ヲ脱スルヲ許サズ」というものがありました。新選組から脱走すると死罪という恐ろしい掟を破ってまで脱走した隊士はその後どうなったのでしょうか?

【日本滅亡の危機?】警察官がロシア皇太子を刺傷した『大津事件』

1891年(明治24年)5月、当時世界から最も恐れられていた大国ロシアの皇太子が来日。将来ロシア皇帝となって独裁的な権力を持つだろう人物に、日本政府は好感をもってもらおうと国をあげて歓迎。しかし、好感を抱かせるどころか、国家の危機に瀕しかねない事…

【粋】火事の多い江戸で大活躍した『火消』

「火事と喧嘩は江戸の花」、「(どうせ火事で灰になるので)宵越しの金を持たない」といわれ、火事の多い冬場に妻を疎開させるほど火事の多かった江戸。火事のたびに『火消(ひけし)』と呼ばれる人達が大活躍しました。

【人たらし】黒田官兵衛、石川数正、長束正家・・・『豊臣秀吉』の巧妙なスカウト術

出典:花の慶次 『本能寺の変』で織田信長が死んでから、わずか8年で天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。短期間でこの偉業を成し遂げられたのは、優秀な人材をどんどんスカウトしたからなのです。

【キープレフト】多くの国が右側通行なのに日本が左側通行になった歴史

日本の道路は原則左側通行ですが、世界的にみると多くの国は右側通行となっています。日本の左側通行はいつから始まったのでしょうか?なぜ左側通行が定着したのでしょうか?

【混浴】銭湯の始まりからあんなことやこんなこと

日本は夏は暑くて汗をかき、冬は寒くて温まるため、また疲れをとるために多くの日本人は毎日入浴します。世界的には珍しいこの習慣、いったいいつから始まったのでしょうか?

【なぜ?】大岡越前が名奉行と呼ばれるようになったのか

時代劇で有名な大岡越前。『大岡裁き』に代表されるように、大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)は名奉行と言われていますが、実際はどうだったのでしょうか?

【アラフォー集まれ】僕らは『ファミコン』登場以前にこうやって遊んでいた

筆者が小学3年生だった1985年にファミコンが大ブーム。それまでアナログな遊びしかしていなかった小学生にデジタルの波が押し寄せ、遊び方が一変しました。今では、あまり目にすることのないアナログな遊びを懐かしんで下さい。

【フルボッコ】歴史上初めて日本と中国が戦った『白村江の戦い』

四方を海に囲まれた日本は大陸からの外敵と古くから戦ってきましたが、日本の方から大陸の敵に立ち向かっていった数少ない事例が『白村江(はくすきのえ)の戦い』です。